バオバブの記憶
昨日、映画「バオバブの記憶」を見てきました。
ポレポレ東中野にて。
大きくて古い木がそこにある、ずーっとある、
というだけで、ほっとする事。
それは自分の暮らしの中でも実感していますが、
バオバブの木は、もっともっと、
いろんな世代の人生の一部のようです。
バオバブは、葉っぱも実も、樹皮も、すべて人の暮らしに
役にたってくれて、母なる木と呼ばれています。
バオバブには魂があるから、焚き木にしちゃいけないんだよ、
と、子供が言うけれど、
別の場所ではたくさん切り倒されて、宅地になってしまっている。
強く何か主張する映画ではないけれど、
いろんな断片が心に残ります。
抱っこできゃっきゃっ笑うお母さんと子供の幸せなシーン。
水くみをしたポリタンクにとまって、ちゃっかり水を飲んでいる小鳥。
そして、とびきりお洒落な女性たち。
お洋服と、帽子のセットの様々なテキスタイル。
とってもすてき。
そこが楽園ではないことは、映画の中に出てくる
公立学校に行けない男の子の表情や、
皮膚病になった幼い子供を連れて帰るお母さんの後姿を
考えると、いろんな変化は必要かもしれないと思える。
でも、バオバブで作った縄の美しさと
ちらりと映ったビニール袋やプラスチックのごみで覆われた土地の醜さ
その二つを見ると、言葉を失います。
外のシーンの多くが、小鳥の声に満ちています。




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